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泣いたチャンネー


 変質者ブロントが女の子を追いかけていた。ブロントは手入れの怠っている金髪をゆさゆさ揺らし、泣きわめきく女の子を追いかける。女の子も華奢な腕を振って走る。ブロントの足の速さに拮抗するその死にものぐるいの走行は、まるで地獄の時間だった。ブロントは追いかける。
「びえええん。誰か助けてえええ」
 そこへ。
「呼ばれて飛び出てテミちゃんねー」
 救世主が現れた。女の子が安堵してテミの名前を叫ぶ。ヒーロー(ヒロイン)が登場したのだからもう安心だ。これは戦隊物の鉄則である。ブロントが引き揚げられたブリのような顔をする。
「で、出たな! テミちゃんねー!」
「それこっちの台詞だしー。出たな怪獣ブロントだしー」
 テミはシュワッチのポーズをした。怪獣撃退用スぺナントカ光線が飛び出る。ブロントは倒れた!

「ありがとう! テミちゃんねー!」
「これからはマジ気を付けろだしー」
 女の子が帰っていくのを見届けてから、テミは倒れているブロントを片付け始めた。しかしどうやら、意識を取り戻したようで、ブロントは肩を震わせている。笑っているのかこの変質者、と眉をひそめたが、そうではなく彼は泣いているのだった。涙で水たまりができていた。
「なにがそんなに悲しいんだし」
 つい、テミは怪獣に慈悲をかけてしまう。テミのいつもの癖だった。
「だって、だって……仲良くしようとしてもみんな逃げちゃうんだもん」
 ブロントが地面に顔をこすりつけたまま言葉を漏らす。気持ち悪かったがテミは顔色一つ変えずに頷いた。なるほどこいつは人間と仲良くなりたかったのか。しかしフケも寝ぐせもオンパレードな彼の金髪は、どうしても近寄りがたい。そのうえ日々の悪行のためにブロントは見つけ次第避けられている。致し方ないことだった。
 でも。
「それなら、テミちゃんねーに考えがあるしー」
 いつもの癖が、やはり出てきてしまうのだった。
「どうするんだ」
「テミちゃんねーが悪役になってー、女の子いじめてるところをー、怪獣ブロントが助ければいいじゃーん」
「そ、それ泣いた赤鬼」

 女の子は走る。きっとわたしは将来陸上選手になれるわ。女の子は将来への希望を抱いていた。女の子を追いかけてくるのはやはりあの金髪変質者だ。ぼさぼさの金髪がいつもより多めにゆさゆさしておりまーす。しかも今日にいたっては仮面で顔を隠していた。今更になってなにを考えているのだろう。女の子は走る。
「うわああ助けてえええ」
 肺活量もなかなかのものだった。肺から一気に空気を押し出して、テミちゃんねーの助けを求める。
「呼ばれて飛んでけあミスった」
 女の子の眼前に現れたのは、ブロントだった。
「えっ」
 女の子は振り返る。振り返ると金髪。前を向いても金髪。
「増殖したああああ」
 絶望のあまり座り込んだ。仮面をつけていないブロントが女の子に駆け寄ってくる。ああ、わたしの将来はこれでおしまいだ。
 しかし。
「とうっ!」
 ブロントが変質者に向かってライダーキックらしきものをした。身体能力が低いのかそれはとてもキックには見えなかったが、仮面をつけているほうの金髪が、うぐあやられたああとわざとらしく身を崩し、退散していくからには、ライダーキックなのだろう。
 なにが起こったのかわからなかった。女の子は目をしばたたかせる。
「いったい何が……」
「説明しよう! おれは善のブロント! いつもおれの顔してきみを追いかけまわす悪のブロントを、この善のブロントが撃退してやったのだ! 素敵! 抱いて!」
 女の子は口をへの字に曲げそそくさとその場を立ち去った。

 こうして、ブロントは変質者から変な人にレベラップしたのだ。やったねブロント。
 テミちゃんねーはそれを見て、また人助けができたと喜びの涙を流す。でもテミちゃんねー、世間にはきみの救いを待っている人が大勢いる! さあ涙を拭いて立ち上がるんだ!
 ゆけ! ぼくらのテミちゃんねー!


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