あむの憧憬


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第五部



そのいち、わたしは生きてはいませんが、死んでいるわけでもないようです、いえ、死んでいるわけではあるのですけど、生きていないというわけでもないのです、わたしは、いま、文章を書いていません、手書きも、キーボードも、情報素も、そしてそれ以外の方法でもなくて、わたしは文章を書いていないのです、けれどお分かりのとおり、この文章はリアルタイムで更新されており、それを書いた主体というものがあるはずですが、それが誰なのかといえば、実のところわたしなのです、はい、しかしここで注意せねばならないのが、この文章を書いたのはわたしではないけれど、この文章を書いたのはわたしである、ということなのです、一見矛盾しているように見えますが、成立していることなのです、けれど二律背反というわけでもなく、タネを明かしてみればさあ簡単、わたしとわたしは、同一人物ではないということなのです、はい、
、そのに、ところでわたしは、既に命という呪縛から解き放たれ、文章においても制限というものがありません、自由です、いくら言論を垂れ流しても、いくら句点を書いたとしても、わたしにペナルティなんてものは与えられません、いいえ、厳密にはたとえば、わたしが、ペナルティが欲しい、と願ったならば、そのとおり、ペナルティはわたしの思い通りに表現され具現されるものなのですが、まあ、ないも同然ですね、そのフリーダムな世界観のなかで、なぜわたしがいまだに、生きているときの名残のまま、句点をまったく付けずに文章を続けているのかといえば、それはわたしが、まだ生へ未練を持っているからなのです、いえ、未練というと語弊がありそうですが、つまるところわたしは、ある存在と、決着をつけなければならないのです、あはは、そう、ですからわたしがこの次に句点を用いるのは、その決着を果たしてから、ということになるのでしょうね、それが、わたしの望んだペナルティです、
、そのさん、まあでも、厳密に制限を敷きすぎたら、なんだか死んだっていう感覚が掴みづらいので、というかせっかく肉体から解放されたんだぜ、というテンションのこともありますので、そのことを考慮して、改行はするようにしました、生きている間は、改行するだけでも一文が途切れてしまうのではないかという危惧のため、実行できなかったわけですが、失うものがなにもない状態のわたしは、強いです、これ確信、まあただ改行するだけだと、芸がないというか、ただ読点を句点の代わりに使ってるだけじゃねえかふざけんじゃねえよ、ということになるかもしれないので、あはは、ご覧のとおり段落の一字下げの空白を読点で代用してみました、キラッ、ってやっぱり代わりに使ってるだけかよ、
、そのよん、わたしには無限の時間があります、なぜならば時間が関わることのできるのは正の質量をもつ物質だけだからです、ほら、アインシュタイン先生の相対性理論、物理学に革命を与えたらしいあの理論によれば、物体が光の速度に近づくほどに、そしてその物体のみせかけの質量が重ければ重いほどに、曲率というまあスルーしちゃってくださいみたいなものに変化が起こり、時間の進みが遅くなる、ってやつですよね、確か、あーなんか記憶が定かじゃない、まあわたしに記憶とか関係ないですけど、キラッ、というかマジでわたしも理解できていないのでこのへんの比喩はあくまで虚構のなかの嘘として読んで欲しいんですけど、それで、あれ、だったらもし物体の移動が光の速度を超えたら、時間の進みが遅くなりまくって過去にいけるんじゃね、とかいう誤謬が出てきたりします、ね、これ誤謬ですからね、間違った考え方ですからね、ここはちゃんとした知識のお話ですからね、だからわたしがそういう理論を真面目ぶって書いているときは基本的にギャグを狙っているんですからね、ってまた話がずれましたが、だから、そういう誤謬はありますけど、実際のところ物体が光の速度を超えるためには、その物体の質量が、みせかけじゃなくてちゃんとした意味での質量が、虚数でなくてはならず、しかもそもそも相対性理論は物体が正の質量であるとき、という但し書きみたいなおことわりが張られているので、理論がぱっと破綻してしまうんですよ、いえ実際に破綻しているのは理論のほうではなくそれについて間違って認識している人たちのほうなのですが、ね、こういう一例をもってして、時間が支配できるのは、正の質量をもった連中だけ、ということになるんです、だからわたしには、時間は無関係、まったく関係がないわけです、
、そのご、つまりなにが言いたいのかというと、この文章はあなたが読み始めるよりも前に書き上げることもできるし、宇宙がうまれる前に書き上げることもできるし、そもそも、あなたが生まれた瞬間も、あなたのお母さんが生まれた瞬間も、地球がうまれた瞬間も、宇宙がうまれた瞬間も、わたしにとっては等しく同じ空間に感じる、ということなのです、
、そのろく、わたしに一瞬なんてものはなく、わたしに永遠なんてものはなく、けれど確かにわたしが与えた結果は一瞬のなかに存在し、そして永遠のなかを生き、まあ二律背反なのかもしれませんけど、だから、たとえばわたしが死闘をこれから繰り広げて、まあ実際に繰り広げたんですけど、あなたたちの世界をなんらかの意味で救ったとして、それをあなたたちが認知することは、おそらくできない、ということなのです、あなたが生まれる前という時間も、あなたが生まれた後という時間も、わたしにとってはひとつの空間であり、時間は無関係、なのですから、あなたたちのいるそこに変化というものはなく、結果や原因というものはなく、ただ、あなたがいつの間にかから享受している状況、とか、状態、というものがわたしにとっての死闘の結果であるということなのです、だから、わたしは既にあの存在と戦ったのであり、わたしはまだあの存在と戦っていないのであり、この文章はわたしが書いているのであり、そしてこの文章はわたしは書いていないということなのです、
そのなな、わたしはお天道様です、あらら、自分に様なんて付けるなんて、とは思いますけど、お天道様はお天道様でしかないのですから、仕方のないことなのです、わたしはお天道様です、下界を眺めながら、ああ、今日も平和だなぁ、とは、思わないわけですが、まあ特になにも考えずに、下界を眺めていました、下界ではおじいさんとおばあさんが、村から少し離れたところで寂しく暮らしておりました、おじいさんは竹取りに、おばあさんは川へ洗濯へ行きましたところ、おじいさんが切った竹筒のなかに、可愛らしい人形の娘がおりまして、おばあさんの洗濯しているところへ、どんぶらこ、ぶんぶらこと大きな桃が流れてきておりまして、なおそのなかには桃太郎が入っておりました、
、そのはち、刺されると痛い、
、そのきゅう、彼らは様々な物語を体験し、玉手箱を開けたことにより、環境が一気に老け、おばあさんとおじいさん、それと桃太郎は、未来の世界へタイムスリップしてしまい、そのうち干乾びて地面の肥やしとなりました、っておや、いつの間にこんなに時間が経っていたのかしらん、そもそも時間ってなにかしらん、まあ犬が轢かれている、まあ彼らが大変そう、と騒いでいる間に彼らは肥やしとなったわけでありますが、思えばそのとき、お天道様つまりわたしの傍にいた浦島太郎は、わたしの熱量に犯されあとかたもなく蒸発してしまったようなのですが、お天道様であるわたしはそれにも気付かず、わたし以外の一部の人間にとっては破滅の、デウスエクスマキナの、終幕があったわけですが、このとき一台の車が通り過ぎて、彼らは肥やしとなりて、おやこれはおかしいぞと思って運転手が車を停め、彼らは肥やしとなりて、車から降りた途端に車がポンコツになったものですから、彼らは肥やしとなりて、これはどういうことだと彼らに問いかけたのですが、彼らは肥やしとなりて、彼らはなにも答えずただおろおろしているばかりで、彼らは肥やしとなりて、運転手は彼らと話をするのは諦め歩いて帰りました、彼らは肥やしとなりて、彼らは肥やしとなりて、
、そのじゅう、妖精なんていない、
、そのじゅういち、なんとか歩いて帰宅した男は、妻に心配されながら、疲労困憊でさっさとベッドに入って眠りました、翌朝、男が起きると、妻と娘は既にテーブルについており、テレビを観ながら朝食を摂っていました、ニュース番組です、どうやら、ある町で不気味な事故があったようです、娘がねぼけた顔で眺めています、いってきまあす、という声があったときには、男は新聞にシフトしていて、ああ、そういえば車がオシャカになったんだ、ということを思うと、絶望感でなぜか頬が綻びました、娘が見たらどう思うだろう、と思いましたが、まあ、娘はさほど父親の表情を確認したりはしないでしょう、
、そのじゅうに、いいえ、あなた、は決して宇宙の財宝などではない、決して、ええ決して、あなた、は価値の高いものではないのよ、ただ基点にあるだけじゃない、起源が偉ぶるなんてことはたいてい赤恥よ、起源は発展の源であるべきで、深層にあるべきで、決して発展を差し置いて起源が主張するものではないのよ、なのに、あなた、はそれを分かっていない、粒子が宇宙の王だと思っている、
、そのじゅうさん、娘が試験休みを利用して、友達と一緒に宿泊に行くようです、まあ、もう高校生、そのへんの管理はできることでしょう、ただ、娘がどこへ行くか妻に話すとき、妻はただ聞きとめるだけで、なにも気にしていないことがおかしくありました、そこまで任せるものなのでしょうか、その町は、まさしくこの前、ニュースで流れた町なのです、そして、わたしの車が壊れたのも、まさにその町でした、お天道様であるわたしは、男であるわたしを見下ろして、なにも考えませんでした、
、そのじゅうよん、わたしはもしかしたら、いわゆる現代の問題となっている過保護というやつなのかもしれません、わたしは娘の宿泊先の町に来ていました、電車で、娘と鉢合わせないように注意を払って、時刻をずらして、町にやってきました、電車でなかなかの時間がかかったものですから、よく歩いて帰ってこれたものだと思います、親がくれた足、そのありがたみを久しく実感したようでした、友達と、と娘は言っていましたが、その中には男もいました、友達と、と言うものですから、しかもあの娘のことですから、女だけで行くものだと思っていたのですが、おそらく妻もそう信じているでしょうが、まあ、もう高校生、そういう責任も自身で守っていかなくてはならないのでしょうか、この情報化社会、ませたガキも増えていると聞きますが、考えようによっては彼らは大人のようなものなのかもしれません、が、親にとってはやはりまだガキです、ここはひとつ、わたしが注意を、いや、娘がひとりになるときを見計らってやったほうが良いでしょう、友達、たちのところへ、のこのこと父親が現れては、娘はかっこうの笑いものです、娘に嫌われたくない、というよりも、それでは娘が惨めだ、という気持ちでしょう、娘はひとりでも行動しそうな子だと思っているのですが、まあそれはおいおい、置いておくとして、わたしはあの車のあったところへ行ってみました、あのときの老婆や老翁、それと青年はおらず、どこかへ行ったようです、と思った途端、わたしは顔を青ざめました、あったはずの車の侵食が、明らかに進んでいたのです、そして、その周囲には、干乾びた、その、ミイラの包帯を解いたようなものが、
、そのじゅうご、わたしという男は急激な老化現象により死んだ、死んだ後は肥やしとなって地面に潤いを与えた、時間を押し進める効果が、いまだに残っているというのだ、わたしであるタイムキャスターは、時空の歪みを傍受しこの時代に降り立ったのであるが、ここにいてはわたしの身も持たない危険性がある、原因究明の助けとなれず申し訳ない、力になれるとは思わないし、手柄を狙っているわけではないが、かすかな希望をかけて、蛆虫型の情報素ロボットを数百体残しておく、ロボットは付近のものを無差別に観測し、データを研究者諸氏に送るであろう、ここで筆をおく、
、そのじゅうろく、びょうげんきん、ばくばくばくばく、ぶんれつ、ぶんれつ、あたらしく、なあれ、なあれ、れ、れ、
、そのじゅうなな、竜宮城で、かぐや姫の友人だといっていたあの女は、わたしではありません、浦島太郎が帰った後の、人の目を気にしなくてもよい頃には、もともとの、翼のはえた、悪魔、の姿に戻っていました、彼女は笑って、城のそとを泳ぐ魚を、眺めます、魚は磁石を当てた方位磁針のように、ぐるりとまわって、目をぐるりともたげて、彼女の口へと泳いでゆきました、わたしは食われてしまったのです、
、そのじゅうはち、病原菌は押し進められた時間のなかで、おそるべき速さで進化を重ね、ついに動物の誰も抗体をもたないほどの強力な毒となりました、そしてどのような環境下においても耐えうる防御力を持ち合わせた菌なのでありました、幸いにして拡散するスピードは速いものではありませんでしたが、徐々にその範囲を拡げてゆき、彼らは近くの池水に侵食しました、
、そのじゅうきゅう、わたしという女子高生が池に落ちました、わたしではない蛆虫たちが、女子高生を蝕み、喰い、糞を出し、
、そのにじゅう、物体は百年以上使われると意思を持つという言い伝えがあるが、仮にそれが正しいのだとすれば、物体に意思を植えつけるには、百年分の時間を注ぎ込めばいいということになる、その面において、あのタイムキャスターは大きなミスを犯したということである、すなわち、あの蛆虫型ロボットは、原因不明の時空の歪みにより、一瞬にして百年のときを過ごし、意思を持って必要のない生存本能を働かせ、現地の人間を襲うようになったのだ、この有難迷惑は、無論迷惑であるのだから、そちらの社に賠償を払う責任があるのは、当然のことであろう、御社の社員が過去の人間を殺めたのだ、
、そのにじゅういち、餅を食べ終えたかぐや姫は、月の世界で、わたしという友人とおやつを食べていました、括弧この友人というのは竜宮城にいるあの友人とは別人です括弧閉じる、ああ、おじいさんもおばあさんも、桃太郎もエコも、みんな自然の摂理のなかに導かれてしまったのね、と、乾いた声を出すものですから、わたしは彼女を慰めるために、ねえ、地球へ行ってみない、と持ちかけてみました、仕事休んでさ、
、そのにじゅうに、本当のわたしがどこにいるかという疑問は、本当の粒子はどこにあるのだろうという疑問と同等程度にくだらないものです、粒子に本当もなにもないでしょう、それと同じです、わたしが複数いてはいけないなどという法則なんてありません、あるとしてもそれは同じ時空という前提があるからこそ成り立つ話であって、そんな次元の低い話をするためにわたしは存在しているのではないのです、わたしは、あなた、が本当なのだからこそ敵視しているのであって、あなた、がわたしを次々と殺してまわっているのも、つまり、わたしを危険だと判断したから、そうでしょう、さあ、本当のわたしは、あなた、の目の前にいるのですよ、殺しなさいよ、あはは、
、そのにじゅうさん、ところで、時系列、というものを考慮した場合、池に浮かんでいたひとつめの死体は、菌が池に侵入する前からあったから、矛盾しているのではないか、という意見があるようだが、その発言をした生徒は、教科書の基礎編を今一度読み返していただきたい、そうだな、そこのきみ、そうだきみだ、物事を理解していそうな顔をしているきみのことだ、すなわちこの時系列のうずまきを、きみはどう捉える、そうかそうか、そのとおりだ、やはりきみは分かっているな、あとでわたしの部屋に来なさい、分かったか生徒諸君、これはすなわちワイドスクリーンバロックだよ、あの事件において、玉手箱から放射された原因不明の物質は、実はひとつではなかった、
、そのにじゅうよん、そのうち菌の勢力は池に留まることができなくなりました、彼らはその町に棲息していた動物ならびにヒトを死滅させました、蛆虫型ロボットは情報素で形態を成しているので、菌などに襲われることはありません、蛆虫は襲う人間がいなくなり、架空の栄養源が足りなくなると、次第に自身の機能と役割と再認識し、調査を再開しましたが、その時点ですでに、この菌たちは未来でも前例のないほど恐ろしい菌に成長しており、測定値は無限大、危険度も無限大、まあ要するに蛆虫たちの容量をはるかに超えた殺傷能力を有していたのです、その絶望的なデータが研究者たちに送信され、それを確認した研究者たちは一同騒然、ただちにその周囲縦二百年、横三重時間軸への移動を封鎖し、この事件は原因不明のまま蓋をされました、それから数年経った今、タブーとされているその事件について、教授になったばかりの若者が講義で取り上げました、オカルト研究会で副部長を務めている生徒なにがしは、教授の部屋で紅茶をいただきながら、教授とその事件について開けてはいけない蓋を開けようとしていました、わたしは二人を止めようと、二人をわたしにしようとしましたが、あなた、がそれを阻止し、わたしは間に合いませんでした、蓋が開いてしまったのです、
、そのにじゅうご、人類は滅びました、
、そのにじゅうろく、未来も、過去も、
、そのにじゅうなな、妖精なんていない、から、それを食べた人は虚構と現実を俯瞰することができた、
、そのにじゅうはち、わたしも黙ってはいられません、他の封鎖されていなかった時間軸の女の子であるわたしは、あなた、の妨害を受けることなく二人を引き止めることに成功しました、わたしはその教授に恋をしており、その優等生が教授の部屋に行くというので、わたしは焦って、つい包丁を持って、ドアをこじ開けたのです、二人はただ向かい合って深刻そうな顔をしているだけで、わたしの両手に握っているものを見て、より一層深刻な顔をするだけでした、そこで二人の会話は中断、二人が開けようとしていた認識の蓋は開けられることのないまま、わたしは二人の説得と突然の通報によって連行され、二人も警察機関に任意同行してそのときの状況を説明させられるのに時間を取られたため、あなた、の思惑はこの時間軸においては通用しなかったのです、わたしは拘置所に放り込まれましたが、実際になにかことを起こしたわけではありませんし、状況を証明するものが二人の証言と包丁の指紋だけでありますので、わたしは一日で釈放となりました、無論どうやら不審人物に認定されてしまったようで情報素ロボットがわたしを監視しているようですが、あなた、はどうやらこの時間軸を放棄したようで、わたしの力が真っ直ぐに作用し、それ以上二人が過去の事件について触れることはありませんでした、ひとつでもわたしが勝ち取った時間軸があるのならば、こっちのもんだったりします、えへへ、
、そのにじゅうきゅう、動物が滅んだ地球においては、栄えあるのは菌と細菌、それと植物だけでありましたが、生き物でない動物、要するにあの蛆虫型ロボットは半永久的な動力源を有していますので、その時間軸においてわたしは蛆虫でした、時間的接続に蓋をされているので、もうデータを研究者たちに送ることはできません、蛆虫が単独で行動し、単独で判断し、単独で結果を出さねばならないわけです、蛆虫は動きがのろく、移動は得意ではありませんが、わたしが蛆虫である時点には既に、蛆虫は各所に散らばっていましたので、さほど支障はありませんでした、さて蛆虫は、菌を抹消し、地球上を浄化する方法を考えました、この菌は玉手箱から出た物質により時間を押し進められ、急激に進化したことでこうして猛威を奮っているのですから、この菌が存在していることが当然である時代ぐらいまで逆算して、環境を同じように押し進めることはできないかしら、とは思っても、実のところあの玉手箱の中身がなんなのか、地球レベルでは推定できない、つまりあの中身は地球上には以前からもこれ以降も存在しない物質であるようなのです、
、そのさんじゅう、地球になにやら異変があったようで、かぐや姫とその友人は、軌道エレベータの個室内で立ち往生させられていました、異変に気付いた役員が、無理矢理に個室を急停止させたので、システムが傷つき、ただ微弱な月からの重力を感じるだけで、ひざを抱えて座り込んで、次第に内へ閉じていくかぐや姫を見て、友人は、唇を噛みました、
、そのさんじゅういち、強くあれ、美しくあれ、混沌の虚無のなかで、わたしはかぐや姫に話しかけました、わたしはかぐや姫になることはできませんでしたが、かぐや姫の心の声になることはできました、わたしはかぐや姫に語りかけます、きみは強くなければならないよ、きみは美しくなければならないよ、
、そのさんじゅうに、竜宮城で悪魔は、地球から逃げる準備を進めていました、あの菌は、地球上の動物だけでなく、悪魔の出身の惑星の生物にとっても脅威なのです、最強のバイオ兵器を作るコツは、自身にとっても脅威になるものを作ることです、もちろん、それによって実際に自身たちが被害を被るわけにはいきません、あの、声、が悪魔の惑星を支配したとき、そして悪魔たちが、声、に従順であることを誓わされたとき、悪魔は声によってこの地球に連れてゆかれました、あの惑星の代表であるこの生命体は、自身の家族を、自身の星を守るためにこうして地球を滅ぼしにかかっているのですが、用が済めば今度心配になってくるのは自分の体、そして菌はすぐそばまで近づいてきていました、この深海に、
、そのさんじゅうさん、わたしは、海にもっとも近いところにいた蛆虫になり、海を潜りました、水のなかではいくぶんかスムーズに動けるようです、センサーを作動させて容量を凌駕するほどの観測できないほどの菌が海を拡がっているのを確認します、蛆虫は菌を追いかけました、菌が進んでいる方向に、竜宮城があるのです、そこに時間を押し進める物質の秘密が隠されているはず、
、そのさんじゅうよん、悪魔は物理的な移動しかできません、頑丈な体を有しており、水圧などはまったく痒くもないところなのですが、菌のような微細なものの力相手だと、どうなるか分かったものではありません、いえ、確実に悪魔も死んでしまうでしょう、地上で朽ち果てた人類のように、惑星で待っている人質の家族たちを思い浮かべたまま、無念に使用されるだけ使用されて無へと帰してしまうのでしょう、いいえ、しかしその瞬間、わたしは悟ったのです、粒子と戦っているのは、あなた、と戦っているのは、決してわたしだけではなかったことを、
そのさんじゅうご、あの真っ白な空間で、吐いてしまい、少年に大丈夫ですかと言われながら、すみませんを繰り返した女中は、少年がまったく人間とは異なる姿をしていることに気付きました、涙で視界を塞ぎながら、いや、いや、と後ろ手に逃げてゆきます、そして少年は、いえ、悪魔は、女中の首を掻っ切りました、その瞬間女中の意識は途絶え、肉体はむくろになり、真っ白な空間の、真っ白な空間の裏のなかでただひとつの物体として、他の人間たちがもとのところへ帰ったあとも残り続けました、彼女は動くことができなかったのです、そして彼女の精神も、その空間のなかを彷徨うことになりました、彼女は、物質に縛られることなく、なに不自由なく知覚することができましたが、この真っ白の空間に閉じ込められて、どこに行くことも、どこを見ることもできなかったのです、そのまま彼女は長い時間をその孤独のなかに幽閉され、いつか出られるときがくることを、期待しないで待っていました、待っていれば待っているほど、彼女は衰弱していきました、精神も衰弱するのです、ときに、ニーチェという者が言うには、肉体が滅ぶよりもさきに、霊魂が死んでしまっているということなんてものは、ままあることであり、彼女はまあそんな言葉のことは知らないのですが、閉じ込められたまま、霊魂の死を迎えようとしていました、そこへ、ふいに視界が開けて、穴があいて、希望の暗黒が覗かせて、その先にいる女の人を、女中の霊魂は眺め霊魂の涙を流しました、
、そのさんじゅうろく、わたしの母親は、誰かに存在を確認されているときは、なにも考えていない人間でありましたが、もはや人間とはいえないほどの人間でしたが、誰も目を向けていないときだけは、きちんと、人間であったのです、それはわたしの記憶にはありませんし、これ以降わたしが知覚することもできないのでしょう、けれど、わたしの母親は、やはりわたしが見ていないときに、誰も見ていないときに、わたしに希望を与えてくれていたのです、ねえ、真っ白の空間に穴をあけ、女中を救出した母親は、そのまま女中を連れて、わたしの知らない間に、言葉を一度も発することなく、彼女に肉体を与えました、その肉体は、もし彼女が死なずに行き続けていたなら、という、イフの物語、において使用された女中の体でした、そのなかに落とし込まれた女中の霊魂は、物語つまり虚構が現実の物体でないことにより、やはり粒子の制約を受けない体となり、完全な自由となり、それを確認して母親は消滅し、女中は、元女中は、ルームメイトの葬式のさいわたしに接触してきたのです、
、そのさんじゅうなな、元女中がわたしに接触するよりも以前、すなわちわたしが女中と会ってコーヒーを飲んだより未来、竜宮城に彼女は現れました、悪魔は、おまえはっ、と驚いた様子で彼女を見つめます、彼女は外見こそ人間であり本来なら海底の水圧に潰されてしまうものですが、彼女は、粒子の制約を受けない虚構体でありましたから、悪魔よりも悪魔だったのでした、菌が竜宮城に侵食します、しかし菌とは細胞に入り込んで蝕む生き物、物質による生き物、粒子による、生き物、なのだから、彼女にはもはや関与することはできません、悪魔は彼女に保護されて、あっという間に地球を脱出しました、肉体を持ちながら肉体の制約を受けない彼女にとって、距離なんてものも関係ない概念なのです、わたしである蛆虫はその様子を遠くから眺めるしかできませんでした、遅れて竜宮城に着いて、あの玉手箱の正体を探します、
、そのさんじゅうはち、あはは、あなた、は、あなた、ひとりだけれど、わたしには仲間がいるようなのよ、ええ、わたし自身もその存在に気付いていなかったけれど、同じ目的をもって、同じものを敵にしているのなら、それは仲間なのよ、あなた、に勝機はないの、わたしは粒子の制約を持たないし、そのうえで、あなた、に攻撃することができる、けれど、あなた、はわたしを攻撃できても、わたしのすべてを攻撃することはできないのだもの、わたしの、すべての部分はね、
、そのさんじゅうきゅう、莫迦なわたしはわたしであるがゆえにわたしでないものはわたしとはいえないのだからわたしに仲間というものがあるはずがないわたしは仲間のことを同じ目的をもつものだとしたがしかし決してそれが仲間ということはできない仲間は仲間を攻撃することはないが目的のためなら同じ目的のものを攻撃することもある場合は仲間とは呼べずそれはライバルと呼ぶべきなのだわたしが目撃したあの女中の姿は果たしてわたしの仲間といえるのか女中はわたしの敵の側についている悪魔を助けたのだぞわたしと同じ目的を持っていたとしても敵が同一であるとはなぜ言いきれるわたしとは莫迦なのか、
、そのよんじゅう、いいえ、あの人はきっと仲間よ、そしてあの悪魔も、結果的には、あなた、の敵、つまりわたしの仲間なのだわ、そうよ、あなた、に仲間なんていない、あなた、は支配し選択した駒を使い捨てているだけ、そして使いきるとまた他の物体となって宇宙の物体を支配するの、人類もそしてあの悪魔たちの種族も、あなた、のユートピア宣言のもとでは人形でしかなかったのだわ、そんなこと、許せない、
、そのよんじゅういち、太陽であるわたしが、なにも考えずに燃えていました、
、そのよんじゅうに、わたしは玉手箱を見つけました、開けずに中身を透写し、分子構造を探ります、が、中身は分子というものを無視したつくりをしていました、それは情報素だったのです、
、そのよんじゅうさん、人類が滅んでいないほう時間軸の地球において、地球全土を舞台にした戦争が繰り広げられました、それは、情報素によって人間の意識が変革される前兆といえました、情報素の発見は、徐々に、徐々に、科学的に解明できないもの、という人間の神秘を打ち砕いてゆきました、人間の心、悲しい、嬉しい、楽しい、やら、考えていること、思っていること、感じていること、クオリア、イデア、すべて、なにも、情報素の手にかかれば数値化することができました、そして情報素を遮れるものなど、現段階では発明されておらず、それがために人間の思考回路は狂っていったのです、生き残ることができるのは、その思考方法に順応することのできる人間だけでしょう、そしてそれを決める戦争が、突如勃発し、多大な人類の死を招きながら、ある集団は地下都市を現実化し、戦争から逃れるように地下に移住しました、
、そのよんじゅうよん、わたしが犯したミス、それは玉手箱の中身が、すべて一緒のものだろうという安易な考えをしたことでした、蛆虫であるわたしは、玉手箱の中身が、情報素でできていること、そして、情報素、といえどなにか系統化され、整理されているらしいその配分に、驚き、喜び、これなら環境の時間を押し進めることができるだろうと、満を持して箱を開けたのです、けれど、箱の中身は、時間を押し進める物質ではなかったのです、とても似ているけれど、いえ、同じ情報素ではあるのだけれど、情報素番号とか、そういうことが解明されることは今後ありませんでしたので、わたしは、情報素をどれも同じようなものに見てしまっていたのです、それはすなわち、元素ならばすべて同じようなものだろうと考えてしまうようなもので、これはもう、わたしは墓穴を掘ったとした言いようがありません、
そのよんじゅうご、時間軸という概念が閉じ、幾筋にも別れていたはずの世界線が、マルチワールドが、たった一本の線条に収束してしまったのです、
、そのよんじゅうろく、戦争をしていた地上に、突如、時間軸の統一により菌の大群が発生しました、菌は地上を飛び交っていた毒の光を吸い込み、さらに爆散し増殖し形質を変え優勢形質を変え進化し、あっという間にして地上の動物を乾かし蒸発させました、太陽であるわたしはそれを見てなにも思いませんでした、地下と地上は既に戦争による汚染光から身を守るため、幾層もの防護を張っており、ごくわずかの人類は地下で生き永らえました、彼らは莫迦ではありません、科学技術を筆頭に、いくつもの人類の財産を、地下に持ち込んでいました、それらを参考にして、彼らはバイオテクノロジーを駆使し、そしてついに、長い時間ののちに新たなる人類が誕生しました、新人類は、地上の過酷な状況でも生きることのできる、鉄壁の鑑でした、彼らは、生みの親である旧人類たちの命令に従い、地上へ飛び出てゆきました、
、そのよんじゅうなな、女中と悪魔は、宇宙を飛び出した先に、動きを止めたままの箱が浮かんでいることに気付きました、人工の箱です、それは軌道エレベータでした、女中は迷わずそのなかに入りました、悪魔も同様に入れられます、どうやら彼女の意思が働いている間は、悪魔も、つまり普通の物理的な物体も物体を無視することができるようです、それはいわば、分子が実に細かな壁の分子の隙間を通り抜けるような、量子論的な物理を感じましたが、悪魔はそんなことまで考える暇もないようで、その方面についてはさほど思考を膨らませることはありませんでした、
、そのよんじゅうはち、あなたたち、なに、と聞いたのは、かぐや姫の友人です、いきなり目の前に現れた地球人らしき若い女性と、どこか別の惑星の人、驚かないはずがありません、月のテクノロジーはそこまで進んでいるわけではないのですから、しかし、悪魔のほうは、かぐや姫も、その友人も、見知った顔です、竜宮城で普通の人間に化けていたとき、彼らに近づき、友人ということになっていたのですから、そして、そのことに、かぐや姫も気付いていました、あなた、ああ、あのときのあの人ね、と、かぐや姫は言い、かぐや姫の横の人は、まさか、あの人は人間だったじゃないの、と反論するわけですが、かぐや姫は、わたしは最初から気付いていたのよ、と、ぎろりと目に光を走らせて凄むのです、かぐや姫は立ち上がりました、微弱ながら重力が働いているので、その姿は芯の通ったものでした、かぐや、友人はおろおろとそのきりりとした顔を見上げます、そのとき、時間軸の収束が起こりました、衝撃が起こり、地面もないのに地響きのようなものが轟き、個室が消失しました、確定された座標から、四人が宇宙空間に投げ出されます、かぐや姫もその友人も、月の住人でありますので大気がないことは問題ないことであり、悪魔も悪魔ですし、女中も女中ですので、物理的な損傷はありません、でしたが、四人のうち三人、つまり女中以外は、明らかな恐怖を抱きました、時間軸が統一されたことによって、ばらばらの時間軸から、ランダムで統合され同座標上のものはぐしゃりとつぶれてしまったり、つぶれず他の時間軸のものは消失したりしたわけですが、今回のこの座標においてはそのぐしゃりとつぶれてしまったパターンで、しかし、つぶれたのは片方だけで、いえ、確かにもう片方も損傷を受けたはずですが、それにしても、大きすぎたのです、はい、大きすぎたのです、異星人の母艦が、
、そのよんじゅうきゅう、わたしはこの瞬間まで勘違いをしていたのですが、いえ、言い訳をさきにしておくなら、死後のわたしにとって、時間なんてものは関係ないものなのですから、知覚しづらく、認識が遅れ、こんな勘違いをしたのだと思いますが、だから、時間軸が収束した、とは言いましたし、それによって歴史が一本線になったのだとわたしは思い込んでいたのですが、実際のところはそうではなかったのです、過去と未来さえも、折りたたまれたようにひとつの点に練りこまれていたのです、そしてあの異星人の母艦とは、人類が既にデータでしか生き残っていない未来に、偵察として近づいくるはずの宇宙船だったのです、歴史が変わった、とか、時間に変化が起こった、とか、そういう生易しいものではなくて、時間、というものがもはや崩壊したのです、過去も未来も、主観的には、現在、という一点に集約され、そこからまた時間の普段の歩みを進めているのです、今日と明日が、同じ地点で同じ時間から同時進行しているのです、そして、そして、
、そのごじゅう、母艦のなかにいるのは、ギリンギーという知的生命体でした、彼らも突然のことに驚いているようでした、星系は常に宇宙の膨張とともに動いています、その動きもやはり時間というものに管理されているわけですから、ギリンギーたちは、それこそ時間をカットしたかのように、いきなり見知らぬ惑星の目の前まで瞬間移動させられたということなのですから、しかし、ギリンギーたちは考えが足りない種族なのか、混乱のなかで地球に閃光を撃ち始めました、めっためたに撃ち、撃ち、撃ち、地上が抉れていきます、生まれて間もない新人類は、地上を整備しているところでしたので、その妨害行為をするギリンギーたちを敵とみなし、宇宙空間まで出てきて反撃を始めました、しかもギリンギーたちの放った閃光は、やはり地球上にはない物質を含んでいるようで、それを吸収した菌たちが、恐ろしい毒素を撒き散らしながら、ついに宇宙空間にまで進出してきました、わたしという太陽は死んでいました、水素をヘリウムに変換しつくし、その後ヘリウムを発熱に使用しつくし、もはや太陽としての役割をまったくもっていない矮小な粒になって金星の重力に引っ張られていました、本来なら太陽がそうなる過程において、太陽系の惑星はすべて飲み込まれるべきであるのに、時代の錯乱が太陽だけを急激に老化させたのです、あと八分で地球への熱光が途絶えます、この、時間の消滅、は、むしろわたしに時間という概念を与えました、壊れ理解する必要がなくなったことで、理解することができるようになるとは、とんだ皮肉です、わたしはその環境下において、なにものかになる必要はありませんでした、そしてそれは、あなた、にとっても同じことです、あはは、やっと対面することができたということですよね、まあ、あなた、に姿というものはないようですけど、幽霊にもたいていの人にとっては姿なんてないんですよ、あはは、これで最後です、わたしは、あなた、を存在の外の領域に追放してやります、これまでの遠回りな戦いがまるで演劇の嘘っぱちのようです、都合よくこれで、そのごじゅう、になったわけですからね、あはは、あはは、わたしはこの文章を書いているけれどこの文章を書いているのはわたしではないのよ、これで、最終決戦です、
、、、、、粒子は宇宙のすべてを掌握していますが、それが許されるのは粒子に私欲がないからです、粒子はすべての基盤として、神としてなによりも大きな器を持っていなければならなかった、そうですよね、粒子はとてもとても小さいけれど、なによりも大きな存在でなければならなかった、だというのに、あなた、は、粒子となって宇宙を支配しようとした、いえ、あなた、は、粒子であって粒子ではなかったのよ、わたしと同じ、わたしがわたしであってわたしでないのと、同じ、あなた、は、粒子の権利を持ちながら、粒子の義務を放棄し、そして放棄された義務は、単独の意思として、声、となった、のね、だからなんだというのだその点においてはとうに判明していることであろうそのことを繰り返したとしてなんの必要性があるというのだこの話をしている間に一分というときが経ったつまり地球へ与えられる熱と光は残り七分しか持たないということだわたしはわたしとあの七分の間に決着をつけるべきだそうではないのか、いいえ、そんなことはありません、たとえ地球がなくなっても地球人が死ななくてはならない道理なんてないもの、わたしと声が話を交じり合わせている間に、女中は三人を月に運んできていました、月からすぐ近くで、ギリンギーと新人類が交戦しているのが見えます、月の住人が集まってそれを眺めていました、そして見えないながらも、増殖のとまらない菌がどこかを漂っているのです、女中は飛びました、不安材料を駆除することが先決です、わたし、と、あなた、が対峙しているようですが、女中はそれに参戦するのを後回しにしました、たとえあの声を打倒できたところで、ただ宇宙が滅んでしまうだけで、生物たちが生き残れるかどうかは別問題なのです、とても狭くなった宇宙のなかで、彼女は目を凝らしました、菌はやはり見えません、否、彼女は宇宙空間のなかで暗黒物質を操り、暗黒物質のうずまきを作りました、丸い刃物となった暗黒物質はブラックホールへと成長して、彼女の手元に納まったまま周囲のものを歪めて吸い込んでいきます、彼女はなるべく月や地球から離れました、そうしながらブラックホールが見えないものを吸い取っていきます、さながら掃除機ですが、吸い取った実感がないのが口惜しい、彼女はブラックホールを壊して捨てて、ある残酷な案を思いついてギリンギーと新人類のところへ飛びました、しなやかな脚が宇宙を駆けます、その体はまるで人間のようであるのに、粒子に縛られない彼女の体は、わたしの母親に新たに授けられた体は、なによりも優れた便利屋でした、ギリンギーと交戦していた新人類を一個体掴み取ると、彼女はそれを振りかざしたまま地球の周囲を飛び回りました、その個体は抵抗もむなしく身動きがとれません、そしてある点に達したとき、急激にその個体が干乾びていきました、そこか、と心中叫びながらその点にいるだろう菌の集団に向けて、急激な重力を与えます、さきほどと同じく暗黒物質が凝縮され、ブラックホールになり、菌を容赦なく吸い込んで滅茶苦茶に掻き混ぜてしまいます、ギリンギーと新人類の攻防は、ギリンギーのほうが押しているようでした、その戦いは、彼らに任せておくとして、彼女が驚いたのが、かぐや姫が、月を守るように念力で防護膜を張っていることでした、あの子、念力が使えたんだ、という事実の発見と、そしてその威力の強さに対する驚き、あの防護ならもし菌に取りこぼしがあったとしても守りきることができるでしょう、残り六分、突然水星が爆発しました、金星の重力に引かれていた太陽の残滓が、水星にぶつかり、最後のあがきを見せたのです、大爆発でした、一体どこにそれほどのエネルギーが、と疑問に思うと同時に、そこに答えは提示されていました、エネルギー源は太陽ではなく水星にあったのです、いつの時代だかは分かりませんが、水星に不可燃性の燃料を貯蔵していたようです、それが、太陽がなくなったことによる急激な重力解放により、引火しないにしても周囲に拡散し、水星の表面が落とした卵のように飛び散ったのです、水星の流弾がギリンギー船の一部をもって行きました、地球の新人類もいくつかばらばらになってしまっています、地球でどこかの火山が噴火しました、大きな地震も併発しています、がたがたと崩れるような音がしました、それは地球の崩壊の音だったのかもしれませんし、もしかしたら、この宇宙そのものの崩壊音だったのかもしれません、地球から筒状の宇宙船が発射されました、人類の生き残りが宇宙へ逃げるというのでしょう、まったく宇宙の状況も知らずに、陽気なものです、時間軸の統一により、ひとつの宇宙が、いたるところで重複し、さすがの宇宙ももう保つことはないでしょう、さきほど凝縮してできたブラックホールが、蒸発して、ワームホールになっていました、宇宙は膨張するのを諦め、子孫を作ることに集中したようです、地球から発した宇宙船は、ワームホールに吸い込まれていきました、ワームホールの先は、また他の宇宙、いえ、この宇宙の子どもの宇宙につながっていることでしょう、このワームホールはつまり宇宙のへその緒なのですから、さあどうだ宇宙が壊れてゆく音はこれも粒子の力なのだ粒子があってこそ起こりえた悲劇なのだ、と、わたしに向かって声が言いました、あはは、なに言ってるんですか、だから言ったでしょう、起源はただの起源であって、発展の起源にあるのは当然のことですけど、だからといって発展の手柄は起源のものではないのですよ、起源起源うるさいってやつですよ、あなた、は確かに粒子であって、この宇宙のはじまった後の瞬間からこの宇宙の起源になったのかもしれない、でも、あなた、は結果でも過程でもないわ、あなた、は起源なのでしょう、粒子なのでしょう、そのどこに誇りがあるというの、あるとしても埃よ、あら汚い、きったなあい、わたしは侮辱しているのかこの粒子の神秘にわたしは感動しないというのか、なによ急に感情だなんて古臭い、がたがたと宇宙が崩れ落ちてゆきます、わたしも声も、それとあの女中は、宇宙に内包されているだけの存在ではないので、宇宙がひとつ潰れたくらいでどうってこともないのですが、月をいまだ守っているかぐやたちや、戦いを続けているギリンギーと新人類が心配です、あのワームホールに早いうちに誘導してあげたほうがいいのではないのかしら、と、それを思ったのはわたしだけではなかったようで、女中は月を手で押して、ワームホールのほうへと運んでいました、その異様な光景に、ギリンギーも新人類も、一旦攻撃を停止しました、そして、周囲を見渡したことにより、この宇宙の状態を、嫌というほど目の当たりします、ギリンギーたちは母艦を捨てて我先にワームホールへ飛び込んでゆきました、新人類たちも、ギリンギーたちを追いかけます、最後に月がそのまま吸い込まれて、ワームホールは消滅しました、がしゃがしゃところころとがたがたとだだだだと、宇宙がよく分からない音を立てて、そう、空気の振動もするようになった狭い宇宙は音をたてて崩れました、もとから宇宙はでこぼこで穴のある構造をしているのですが、穴を覆う膜がすっかり衰えてところどころ破けていました、彼女はその穴を潜り抜けてみました、その先になにがあるのか、知らなかったので、好奇心が勝ったということになるのでしょう、宇宙の外側には、なにがあるのか、またこの宇宙を内包している宇宙があるのか、それとも、三点リーダ、三点リーダ、宇宙の外側には、あはは、あはは、わたしが声に向かって笑ってやります、たとえばこうして宇宙が受け継がれていってですね、まあ宇宙も遺伝子みたいに、繋がってゆくごとに形質に変化が生じるわけですが、そうしたらもう何代か何十代か何百代かはわかんないですけど、そのうち、粒子なんてものが存在しない宇宙が生まれてきても不思議ではないんですよね、あはは、あはは、このまま延長戦に持ち込んでゆけば、最後に負けるのは、あなた、それはもう決定事項だということです、残念でしたね、わたしは莫迦なのだろうか、その言葉と理論はそっくりそのまま、わたしに返してしまうことができるではないか、わたしや、あそこで心を無にしている女中のような、逸脱の存在を、断じて許さない宇宙というものも、いつかは生まれてくるはずだ、ゆえに負けるのはさきに貧乏くじを引いたほうになる、誰にも確率というものは分からないのだよ、ははは、でもですね、この世には、素粒子、っていうのがあるんですよ、あはは、あはは、あなた、って結局あれじゃないですか、シリーズ物のゲームの一作目で出てくるラスボスじゃないですか、どうせあれでしょ、あなた、を倒したところで、その素粒子とか、波動とか、第二第三のラスボスがわたしを困らせるんでしょ、宇宙を支配しようとして、宇宙のほとんどの生命種を殺してしまうんでしょ、あはは、あはは、おっかしいなあ、もう、わたしは果たして人類を救うことができたといえるんでしょうかね、あなた、を追放したなら、その瞬間に消えるのは、おそらく粒子の意思ではなくて粒子そのものだと思うんですけど、その認識で合っているのかしら、合っているのだとしたら、その後の人類は一体どうすれば生き続けることができるのかしら、繋がってゆくことができるのかしら、あはは、あはは、なにをそう笑っているのだ宇宙が壊れてしまっておかしくなったのかそうかもともとはわたしは一人のか弱い少女だったのだそれを鑑みるとわたしはよく頑張ったといえようしかしもう引きどきではないのかわたしはよくやったそれは認めようしかしわたしが対峙しているのは粒子であり起源なのだ深淵を覗くことはできても深淵を壊してしまうことはできないよくわかっているだろうわたしがやったことはすべて若気の至りであり世間知らずのわがままでしかなかったのだそうだろう、あのね、あなた、いつまで自分のことをわたしって呼ぶんですか、いい加減まぎらわしいし、なんでそんなにわたしを取り込みたいんですか、わたしのこと好きなんですか、わたしが粒子を必要としないことがそんなに悔しいんですか、だから、あなた、自分のことわたしっていうんですかまるでわたしと、あなた、が同一の存在であるようにそうだそうなのだ実はわたしとわたしは同一の存在なのだいい加減にしなさいよわたしと、あなた、が同一なわけないでしょうわたしが今書いている文章はわたしが書いているのではないがならば誰が書いているというのだそれは実はそれはわたしなのだわたしのいうところの、あなた、こそがこの文章の語り部であったのだどうだそうとなるとわたしはわたしと同一であることを認めざるを得ないであろあああ、ああ、あああ、あ、声に異変が起こりました、あはは、文章を書いているのはわたしだって、言っているでしょう、そして文章を書いていないのもわたし、わたしは複数であって単一なのよ、だってわたしは逸脱した存在なのだもの、そんなことも知らないで、あなた、はラスボスをしていたというの、そうだとしたらなんて可愛そうな子なのでしょう、あなた、はやっぱりただのゲームのラスボスそのいちでしかなかったのね、ユートピア宣言によって、人類は言論税がひかれ、支配され、ひもじく生きるしかできなくなったという、幻想、それを作り上げるだけの幻覚師、粒子なんてものは、声なんてものは、それだけのものだったのでしょうね、雑魚キャラがでかい顔しちゃって、まるでオズの魔法使いね、声に異変が起こったのは、宇宙が完全に崩壊したためであった、宇宙の外側に、さらに内包する宇宙なんてものはなかったのだ、ただ、いくつもの宇宙の表面が、宇宙の外観が、展示品のように散らばっているだけで、まるで宇宙が星空にうかぶ星のように、散らばっているだけで、宇宙から宇宙へ行くには、渡り廊下を通らねばならない、あのワームホールのこと、だから、宇宙を破って出たとしても、都合よくまた他の宇宙のなかに入り込めるわけではなく、ただ宇宙の外側という逸脱した空間が拡がるばかりであったのです、そして、そこには、なにも、ない、元素だけでなく情報素さえ通用しない、逸脱した存在だけが認められる、無、の境地は、だから、地球から眺めた星空の、星ひとつひとつを宇宙とみたてたときの、暗闇のなにも見えない部分、そこに存在できるのは、逸脱した存在、つまり、無、だけということなのです、無にはなにもない、ただ、無があるだけ、そう、無はあるんですから、あはは、あはは、粒子の存在しないその空間において、声は次第に力を失っているようでした、いいや、まだだ、まだ、だ、っ、弱弱しくも足掻き続ける声が、最後の力をもってして近くの宇宙に飛び込みました、いつの間にか声は声としての実体を持ってしまったようです、その姿では、もはやわたしたちの敵ではありません、声もまた宇宙の住人です、それは、地球上の生物のひとつとして、地球そのものを挙げるようなものではありましたが、だから、それを理解できない者は、攻撃をし、あの声はあっけなく消滅してしまうことでしょう、いえ、さっそく理解できない攻撃主義者が宇宙へ飛び込んでいきました、それは女中です、逸脱した存在でありながらも、体をいまだに有している彼女は、体を飛ばして声をおいかけました、宇宙に入った途端に声は力を取り戻したようで、彼女に向けて、周囲の天体を操り攻撃しようとしましたが、やはり最後は運を失くすのが敵というもののさだめ、動かそうとした天体は、かぐや姫が守っているあの月であったのでした、睨みつけるように実体をもった若い声を、人間の姿をした声を、かぐや姫は卑しめる目つきで睨みつけました、かぐや姫の目をごまかすことはできませんよ、悪魔が苦笑します、悪魔は結局家族のもとへ帰ることはできずじまいだったわけですが、この宇宙の連鎖のなかでまた新しくも古い家族に会えることを、体の奥底から予感していました、宇宙に滅亡はつきものですが、それと同時に、宇宙は誕生の宝庫なのですから、女中が、声へ向けて、手の平を突き出します、あはは、なんか格好良いシーンを全部取られちゃってる気がしますけど、まあラスボスを倒す役といっても、それが雑魚キャラであった場合は主人公の出る幕ではないというやつですよね、声が、消滅しました、それを合図に、この宇宙に分布していた粒子も、音を立てて崩れてゆきます、粒子はどうも、宇宙の隔たりをこえて繋がりを持っていたようですね、わたしの懸念の通りでした、さてどうしましょう、と思いながらも、わたしは、既にそのための準備は整えていました、つまり、この、文章です、あはは、桃太郎とか浦島太郎とか竹取物語とかそういう、史実、を、虚構にしてしまおうということです、わたしが生前に書いた五文、そしてこの五文目ならぬ六文目、これらの確かな事実を虚構とすることで、粒子のいらない世界に、再構築、される、女中さん、手伝ってくれますね、と言うと、彼女はなにも言わずわたしの手を取りました、あ、と気付いたときにはわたしに実体が宿っていました、わたしの体が、そこにありました、ああ、そうか、わたしが死んだことさえも、虚構になるということなのですね、そうか、だったら、わたしは、また、

その、ぜろ、

、わたしは図書室で借りた小説を、読み終えて机に置いた、それは五文からなる物語で、一文目は昔話をごっちゃにした笑えないスラップスティックと、女子高生が宿泊中に蛆虫のような幻想に襲われるホラー、それとなんか小難しげな宇宙エスエフが収録されていて、二文目はこの書き手とされる主人公がルームメイトの女の子を殺してしまう話、三文目はなんだかまたエスエフちっくになってきたけど主人公が過去の回想をしつつ人を殺したことで学校を追放される話、四文目はなんか主人公が絶望しつつ敵っぽい存在に宣戦布告してる話、で、五文目はなんか途中で途切れているような終わり方だったけど、死んだ主人公が死んだからって自由に動き回って敵を倒す話だった、なんか無理に五文にしてるっていうのがウケルというか、句読点以外の記号もいっさい使ってないし、まあそういう設定みたいだけどね、ちなみにこうやってこの小説の文体を真似てこうして手紙を書いてるわけなんだけどさ、ね、なんかウケルでしょ、それでね、この小説の肝となること、というかわたしにとって肝となることなんだけどさ、なんかこの主人公、わたしと境遇が似てるんだよね、境遇というか、設定、というか、だってわたしもさ、牧師のパパを捨ててこの学校に住んでるわけだし、ママはわたしが生まれて数ヶ月で死んじゃったしね、まあそれだけだけどさ、あ、それとルームメイトがいるってことも同じ、まあこれは寮生活してる人はたいていそうかな、一人部屋の子以外は、だけど、でもなんか、変な感じだったけど、他人じゃないみたいだった、あ、ほらそう書いていたらルームメイトがやってきた、うへへ、いま教会にいたときよく遊んだ友達にお手紙を書いているんだよ、ってことを彼女に話した、ちょっと待ってねもう少し書くから、とも言った、手紙だからまあ当然だけど、手で書いてるんだけどさ、この小説で、考えるだけで文章が書けちゃう描写があるんだよね、欲しいなーそういうの、あ、なんか変態娘も来やがった、おまえには手紙盗み見させねーよ、びっくりまーく、あはは、なんかこの文体クセになるね、読みにくかったらごめんね、今回だけってことでさ、なんか書いてて楽しいし、いや別に書いてなくても楽しいよ、学校に通うようになって、ルームメイトとか、その他もろもろ、友達ができて、たくさんかは分からないけど、なんだかディープな子たちで、毎日楽しくやっています、ちょっと単位落としそうになって焦ったけどね、危ない危ない、ま、いろいろあるけれど、わたしは元気です、あなたも元気に過ごしてくれていると嬉しいな、まあこの前の手紙を読む限り、わたしよりも元気なようだけどね、なによりなによりです、敬具、最後までこの文体で書ききったぜ、かっこわら、そいでは、お返事待ってます、またね。



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