●PG12

 この作品は流血などの残酷描写や、倫理に反する表現、意図的な誤謬表現などを含んでいます。


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 舞たちは、いわゆる殺し屋の仕事をしています。別段、なにがしかの組織に所属しているわけではありません。個人営業です。
 両親を失ってから、兄の手ひとつで舞は育てられました。当時、兄はまだ中学生で、舞は年端もいかない幼子でした。最初は、両親が残した財と、生活援助金でやりくりしていました。しかしどうしても、生活は苦しいものでした。施設で暮らすことも考え、他の大人たちもそれを勧めましたが、兄はそれを最終的には拒みました。
 能力者である妹は、施設で一緒に暮らすことができないからです。
 兄は妹を守る正義感を抱きつつも、妹に対する憎悪もともに持っていました。こんな妹さえいなければ。そう思ったのは、一度や二度のことではありません。ですから、それなら妹に金を払ってもらおうという結論になりました。妹を一方的に守るのではなく、妹と互いに守りあう。そうしたほうが、きっと長く生き延びられるはずだ、兄はそう考えたのです。
 他の選択は、きっといくらでもあったでしょう。しかし兄にとっては、惨事の光景を目撃してしまった兄にとっては、その選択しかなかったのかもしれません。舞はかくして、殺し屋となりました。人を殺める仕事です。兄は妹のサポート役を担い、妹は仕事を遂行する。その役付けがすっかりできあがったのは、舞が中学生くらいの年になってからでした。中学校には通いませんでしたが。
 人を殺めて、金を得る。そんな生活は小休止を挟みながらも、なんとかうまく続いていきました。いつしか両親を失った事件のことを覚えているのは、兄と妹だけになりました。みんな、ときが経てば事件なんて忘れてしまうのです。自分と関わりのない事件なんて、関わりのある事件だってもしかしたら。
 生活に余裕が生まれるほど稼げるようになってからも、兄妹は殺し屋をやめることはありませんでした。彼らは、その他に稼ぐ術を知らないからです。
 舞は十七歳になりました。兄はすっかり歳をとりましたが、まだまだ若いほうです。しかし妹との力の差は、もうすっかり歴然となっていました。今の兄は、とうてい妹には敵いません。
 ある日、兄のもとに依頼がきました。ある三人の男を殺めてほしいという内容でした。兄は慣れた手つきで、依頼主と交信をはかります。今回の依頼主は、これまでの依頼主とは少し違っていて、もし失敗したときなどの対処法なども手配してくれました。たとえば、もし殺め損ねて、そのことを相手に気付かれたのなら、港に行ってヨットに乗れ、であったり。
 舞は一人目の標的に手紙を書きました。手紙の送り先も、依頼主が手配してくれていました。一人目の標的は、いわゆる富の所有者なのだそうです。お金に困っている、ホテルで相手になってほしい。手紙の内容はだいたいそんな感じでした。もちろんその内容は虚偽でしたが、標的は返事を送ってきました。具体的な待ち合わせ場所や時間を指定してきたのです。舞は標的を殺めました。
 そのまま二人目と三人目も殺めようとしましたが、結局失敗に終わってしまいました。手配されたヨットに乗って、国外へ逃亡しようとするも、それにも失敗してしまいます。
 兄は、病院から依頼主に連絡をしました。申し訳ないが、殺しは失敗に終わってしまった、そう伝えるつもりでした。しかし、依頼主は連絡に応じませんでした。一度も、殺しに失敗してから連絡がつながりません。
 兄は、ジャケット集団の後をつけていました。どうやらまだ、気付かれてはいないようです。誰も後ろを向きません。
 兄はバス停で彼らを見かけ、そのまま尾行しているのです。
 思えば兄は、最近はいわゆる足手まといになっていると感じることが多くなりました。舞の能力の高さに、兄はついてこれなくなってきているのです。兄は依頼主と連絡をつけたり、町の情報を調べたり、金の管理をしたりと、事務的なことしかしません。最近は特に。
 兄は思います。二人目と三人目を殺め損ねたのは、自分の足手まといのせいだと。もし舞の肩を掴んで、こちらに引き寄せていなかったら、あのふたりは今頃死んでいたのではないだろうかと。たとえば飛んできた弾丸の周囲に、一気に高い圧力をかけて、弾丸の向きを変えることぐらい、今の舞にならできたかもしれないと。兄はついそう考えてしまうのです。
 集団に向かって、歩いてきている人影がありました。ふたりです。ふたりの人間が、堂々と集団に近づいています。兄は疑問に思いながらも、そのふたりにも気付かれないように身を隅に潜めました。ふたりの容姿を盗み見ます。
 兄はどうにか驚きの声を堪えました。その姿に、見覚えがあったのです。
 そのふたりも、集団の男たちと同じジャケットを着ていました。
 兄が聞き耳を立てます。
「ケイ。あの小娘はどうでやした」
 集団のうちのひとりが、ケイというらしい男にそう言いました。ケイという男は、黒い髪を太陽光になびかせています。
「危険だ。手強い」
 ケイは端的に発言しました。その声は丁度良い低さで、ケイの冷静さが醸し出されています。
「足手まといがないと、あれは難しい」
 ケイがそうつけ加えます。ケイと対話している男は、自分の拳をぎゅっと握り締めました。
 兄は、「足手まとい」という言葉にどきっとしました。ちょうど、舞について自分のことをそう考えていたからです。短く息を吐きます。
「おい」
 横の金髪の男が、ケイの腕をとりました。ケイは冷静に「どうした」と訊きます。
「あれ……だよな」
 金髪の男は、指でさすことなく、視線だけで方向を示しました。その先には、兄の体が潜んでいます。先ほどの息遣いが伝わってしまったのでしょうか。
(気付かれたか!)
 兄はどこかに逃げようと思い、ひそかにあたりを見まわしました。しかしどこに出ても、相手に存在が知られるのは確実そうです。逃げなくとも、もし本当に気付かれているのなら既に知られていることに違いはありません。しかしだからといって、背を見せて逃げるとなると、弾丸を避けられるかどうかが不安材料となります。
(どうする)
 兄は、自分の心臓が脈打っているのを実感しました。ついでに頭痛も甦ってきます。
 集団のうちのひとりが、ついにこちらのほうに走ってきました。兄は懐から小型銃を取り出します。安全装置を押し下げます。
「とまれ」
 しかし、その男が兄のところまで来ることはありませんでした。ケイが、とどまるように命令したのです。ケイの声は、兄のすぐ後ろから聞こえていました。
 兄が気付いたときには、とき既に遅し。兄の両腕が縛られました。男を兄のところに走らせたのは、ケイが兄に別方向から近づくためのカモフラージュだったのです。ケイは能力者ではありません。ただ相手の心理を使って、尾行してきた者を捕らえたのです。
 腕の関節がぎし、と鳴ります。その音にも構わず、ケイは兄の腕を縛り上げました。背中を足で押さえます。兄は前のめりに倒れました。まだその手には拳銃が握られています。兄は引き金を引こうとしましたが、その前に、ケイがその手首を踏みつけました。
「ってこいつ、その足手まといじゃねぇか」
 金髪の男が声を上げます。
 ケイは表情をまったく変えないで、「運がいい」と呟きました。


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