200文字小説*1「月面のクリスマス」は通常のように頭で内容を考え、直に書き起こした作品ではない。サイコロを振ることによって執筆された小説である。
神はサイコロを振らない、とは量子力学を批判したアインシュタインの言葉であるが、少なくとも作者という存在はサイコロを振ることで一切の事象を構築することができるようだ。本稿ではその制作過程を仔細に振り返り、サイコロで書かれた小説、「サイコロ小説」の可能性を模索したい。
■1文目
2013年3月時点で筆者が「小説家になろう」に公開している作品のあらすじ部分を、古いものから順に原稿用紙にコピー、ペーストする。このとき、原稿用紙は36文字×36行に設定し、作品ごとに改行する。55作品すべてをペーストすると、この原稿用紙で4枚の分量になった。
まず、サイコロを一度ふる。「5」がでたため、一文目は「5つの文節」で作られることが決定された。
5つの自立語は、以下の手順で決定される。
i) サイコロを一度ふる。出た目がページとなる。(一文目の場合ページ数が4枚しかないため、5か6が出た場合はやり直す)
そのページの上枠をx軸、右枠をy軸として、マスを点にみたて、ページ全体を座標平面でいう第3象限(x<0, y<0の範囲)として扱う。
ii) サイコロを二度ふり、出た目を掛ける。その数に-1を掛けた値がx座標となる。
iii) iiと同様の作業をする。出た値がy座標となる。
iv) 求められた点(x, y)にある単語を別の原稿用紙にペーストする。単語が二文字以上である場合は二文字以上のそのままで抽出する。また、該当する点にある単語が付属語、記号、空白である場合はiiからやり直す。
v) はじめに決められた自立語の数(一文目では5つ)だけi~ivを繰り返す。
vi) 不自然のないように助詞などを補い、文が完成する。
実際に行われた手順は以下の通りだ。丸括弧内の数字は、文節の番号を指す。
i「4ページ」‐ii「2×5=10」-iii「6×3=18」で「―」記号やり直し。
-「2×5=10」-「3×3=9」で「を」助詞やり直し。
-「5×1=5」-「6×3=18」で「離せ(ない)」(1)
「4ページ」-「6×2=12」-「6×2=12」で「いい」(2)
「2ページ」-「2×2=4」-「2×1=2」で「ころ(頃)」(3)
「5」ページがないためやり直し。
「6」ページがないためやり直し。
「1ページ」-「6×4=24」-「4×3=12」で「(その)よう(な)」(4)
「2ページ」-「1×6=6」-「1×2=2」で「の」助詞やり直し。
-「4×5=20」-「5×1=5」で空白やり直し。
-「1×5=5」-「1×1=1」で「何か」(5)
v(1)~(5)をつなげて、「離せいいころよう何か」
vi書き加えを施し、一文目を「離せなくても良い頃のような何か。」とした。
■2文目
同時点「小説家になろう」に筆者が掲載していた長編3作を、古い作品順に、一節ごとに交代して36×36原稿用紙にペーストした。「ぐだぐだ至上主義」〇〇一→「妖精が創った人形」プロローグ→「ム」ム(0)→「ぐだ~」〇〇二→「妖精が~」第1章の一.→……といったようにである。これを6ページを満たすまで続ける。
そして一文目と同様のことをする。二文目の自立語は「5つ」と決まった。
「1ページ」-「2×1=2」-「2×6=12」で「味」(1)
「4ページ」-「6×3=18」-「2×5=10」で「いう」(2)
「1ページ」-「1×4=4」-「2×4=8」で「だ」助動詞やり直し。
-「1×3=3」-「3×4=12」で「は」助詞やり直し。
-「6×1=6」-「4×3=12」で「思い出せ(なく)」(3)
「1ページ」-「4×1=4」-「2×5=10」で「。」記号やり直し。
-「6×1=6」-「1×5=5」で「首」(4)
「3ページ」-「1×1=1」-「2×6=12」で「だろう」助動詞やり直し。
-「6×1=6」-「2×4=8」で「(惑わされ)ない」助動詞やり直し。
-「4×5=20」-「2×1=2」で「おかしい」(5)
つなげて、「味いう思い出せ首おかしい」。
書き加えて「味という思い出せない首はおかしい。」
■3文目
今度は、短編「ジュピター」を使用。同様。
文節は「3つ」。
「2ページ」-「5×5=25」-「3×4=12」で「た」助動詞やり直し。
-「1×3=3」-「1×4=4」で「辛辣な」(1)
「1ページ」-「3×2=6」-「3×6=18」で「クレーター」(2)
「6ページ」-「1×2=2」-「2×4=8」で「。」記号やり直し。
-「5×1=5」-「6×3=18」で「言っ(て)」(3)
つなげて、「辛辣なクレーター言っ」
書き加えて「辛辣なクレーターは言った。」
■4文目
次は短編「てんたん!」。同様。
文節は「5つ」。
「5ページ」-「4×5=20」-「4×5=20」で「いな(かった)」(1)
「4ページ」-「4×5=20」-「3×6=18」で空白やり直し。
-「3×2=6」-「3×4=12」で「だ」助動詞やり直し。
-「4×5=20」-「2×6=12」で「まるで」(2)
「4ページ」-「1×5=5」-「3×1=3」で「もう」(3)
「3ページ」-「5×4=20」-「5×4=20」で空白やり直し。
-「1×4=4」-「1×5=5」で「、」記号やり直し。
-「2×1=2」-「3×6=18」で「も」助詞やり直し。
-「3×5=15」-「2×6=12」で「」」記号やり直し。
-「3×4=12」-「6×5=30」で「。」記号やり直し。
-「6×3=18」-「2×5=10」で空白やり直し。
-「1×5=5」-「1×2=2」で「…」記号やり直し。
-「3×2=6」-「3×6=18」で「なか(った)」(4)
「4ページ」-「3×2=6」-「1×5=5」で「から」助詞やり直し。
-「4×5=20」-「2×1=2」で空白やり直し。
-「4×6=24」-「5×2=10」で「考え(ていた)」(5)
つなげて「いなまるでもうなか考え」
書き加えて「いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。」
■5文目
短編「スーアサイドストーリー」。同様。
文節は「6つ」。
「3ページ」-「2×1=2」-「5×1=5」で「ある」(1)
「4ページ」-「1×2=2」-「4×6=24」で空白やり直し。
-「2×3=6」-「4×1=4」で「、」記号やり直し。
-「2×1=2」-「3×6=18」で「思う」(2)
「5ページ」-「4×5=20」-「5×1=5」で空白やり直し。
-「6×1=6」-「1×3=3」で「が」助詞やり直し。
-「2×5=10」-「4×4=16」で「もう」(3)
「6ページ」-「6×1=6」-「3×6=18」で「シャワーカーテン」(4)
「1ページ」-「3×4=12」-「4×3=12」で空白やり直し。
-「2×4=8」-「4×4=16」で「を」助詞やり直し。
-「3×2=6」-「6×4=24」で「まで」(5)
「4ページ」-「4×2=8」-「2×3=6」で「微妙な」(6)
つなげて「ある思うもうまで微妙な」
「あると思うもうまで微妙なのだ。」
■6文目
短編「地球の終末は決して訪れない」同様。
「4つ」。
「2ページ」-「2×3=6」-「4×4=16」で「た」助動詞やり直し。
-「4×4=16」-「2×5=10」で「本来」(1)
「3ページ」-「5×5=25」-「5×2=10」で「に」助詞やり直し。
-「1×3=3」-「2×3=6」で「に」助詞やり直し。
-「2×6=12」-「4×4=16」で「、」記号やり直し。
-「3×5=15」-「6×4=24」で「は」助詞やり直し。
-「1×6=6」-「5×6=30」で「動か(なく)」(2)
「2ページ」-「6×5=30」-「1×5=5」で「ヒト」(3)
「2ページ」-「4×3=12」-「2×1=2」で「這い出(て)」(4)
つなげて「本来動かヒト這い出」
書き加えて「本来動かないヒトが這い出てきた。」
■7文目
短編「第ゼロ章」同。
「2つ」。
「1ページ」-「2×4=8」-「6×5=30」で「いくら」(1)
「1ページ」-「5×6=30」-「5×6=30」で空白やり直し。
-「4×6=24」-「6×3=18」で空白やり直し。
-「2×3=6」-「2×6=12」で「―」記号やり直し。
-「5×4=20」-「1×3=3」で「、」記号やり直し。
-「1×2=2」-「1×5=5」で「氷」(2)
「いくら氷。」
このままとする。
■8文目
「年越し掌編集2012」収録作の本文を順に6ページまで。同。
「5つ」。
「2ページ」-「3×2=6」-「3×2=6」で「二〇一一年」(1)
「1ページ」-「6×6=36」-「6×4=24」で「捉え様」(2)
「2ページ」-「4×2=8」-「5×3=15」で「から」助詞やり直し。
-「3×1=3」-「6×4=24」で「久々に」(3)
「5ページ」-「2×6=12」-「1×3=3」で空白やり直し。
-「5×3=15」-「6×1=6」で空白やり直し。
-「2×2=4」-「4×1=4」で「…」記号やり直し。
-「3×5=15」-「2×1=2」で空白やり直し。
-「4×2=8」-「1×1=1」で空白やり直し。
-「6×6=36」-「5×4=20」で「過ぎて」(4)
「3ページ」-「5×2=10」-「6×5=30」で「して」(5)
「二〇一一年捉え様久々に過ぎてして」
→「二〇一一年、捉え様では久々に、過ぎてしていた。」
■9文目
短編「虚数空間より」。同。
「1つ」。
「2ページ」-「4×5=20」-「3×5=15」で空白やり直し。
-「6×2=12」-「5×3=15」で空白やり直し。
-「4×5=20」-「6×3=18」で空白やり直し。
-「3×3=9」-「6×3=18」で空白やり直し。
-「5×2=10」-「4×3=12」で「に」助詞やり直し。
-「5×4=20」-「1×6=6」で「彼女」
「彼女。」
■10文目
掌編「口内炎と七面鳥」。同。
「6つ」。
「6ページ」-「5×3=15」-「6×2=12」で空白やり直し。
-「2×6=12」-「4×4=16」で空白やり直し。
-「2×4=8」-「5×6=30」で空白やり直し。
-「2×4=8」-「4×4=16」で空白やり直し。
-「2×2=4」-「6×4=24」で空白やり直し。
-「4×2=8」-「6×3=18」で空白やり直し。
-「5×6=30」-「3×5=15」で空白やり直し。
-「4×6=24」-「2×6=12」で空白やり直し。
-「1×5=5」-「6×6=36」で空白やり直し。
-「2×4=8」-「2×4=8」で空白やり直し。
-「5×2=10」-「5×3=15」で空白やり直し。
-「5×1=5」-「1×4=4」で「血」(1)
「1ページ」-「6×6=36」-「4×4=16」で空白やり直し。
-「1×5=5」-「1×5=5」で「に」助詞やり直し。
-「4×6=24」-「4×4=16」で空白やり直し。
-「4×1=4」-「1×2=2」で空白やり直し。
-「3×2=6」-「3×2=6」で「ハーモニー」(2)
「2ページ」-「2×5=10」-「5×1=5」で空白やり直し。
-「4×6=24」-「1×4=4」で空白やり直し。
-「5×3=15」-「1×6=6」で空白やり直し。
-「5×3=15」-「3×1=3」で空白やり直し。
-「5×5=25」-「2×1=2」で空白やり直し。
-「2×2=4」-「4×2=8」で「は」助詞やり直し。
-「1×4=4」-「2×4=8」で空白やり直し。
-「1×5=5」-「5×6=30」で「を」助詞やり直し。
-「5×4=20」-「1×3=3」で空白やり直し。
-「5×4=20」-「6×3=18」で「手」(3)
「2ページ」-「1×2=2」-「3×3=9」で「二」(4)
「1ページ」-「6×2=12」-「6×1=6」で空白やり直し。
-「3×2=6」-「3×1=3」で「陣取る」(5)
「3ページ」-「2×6=12」-「6×2=12」で「です」助動詞やり直し。
-「2×5=10」-「2×6=12」で「好き」(6)
つなげて「血ハーモニー手二陣取る好き」
書き加えて、「血のハーモニーが、手を二等分に陣取るのが好きだ。」
■11文目
短編「今日はブラッククリスマス」。恐るべき空白に対抗すべく、ペースト後に空白をオミットして敷き詰め。他同様。
「6つ」。ただし、分量が3ページ半になったため、ページ数4, 5, 6が出た場合はやり直す。
「6ページ」やり直し。
「6ページ」やり直し。
「1ページ」-「2×4=8」-「2×5=10」で「皆無」(1)
「1ページ」-「3×6=18」-「4×3=12」で「一組」(2)
「3ページ」-「3×6=18」-「4×6=24」で「―」記号やり直し。
-「2×6=12」-「5×4=20」で「生き返っ(た)」(3)
「2ページ」-「1×3=3」-「6×2=12」で「ブラッククリスマス」(4)
「1ページ」-「1×3=3」-「2×4=8」で「きっと」(5)
「5ページ」やり直し。
「2ページ」-「2×4=8」-「3×2=6」で「。」記号やり直し。
-「4×1=4」-「4×1=4」で「飲み込ん(だ)」(6)
「皆無一組生き返っブラッククリスマスきっと飲み込ん」
→「皆無で一組も生き残ってブラッククリスマスをきっと飲み込んだ。」
180文字程度になったので、ここで打ち切ることにする。
サイコロを振った回数を数えてみると、ちょうど555回であった。
全文はこのようになる。
「離せなくても良い頃のような何か。味という思い出せない首はおかしい。辛辣なクレーターは言った。いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。あると思うもうまで微妙なのだ。本来動かないヒトが這い出てきた。いくら氷。二〇一一年、捉え様では久々に、過ぎてしていた。彼女。血のハーモニーが、手を二等分に陣取るのが好きだ。皆無で一組も生き残ってブラッククリスマスをきっと飲み込んだ。」
この手の意味不明な文章は、それ特有の魅力はあるにはあるが、このくらい短いからこそ読めるという側面もある。この時点で、200文字小説としての完成をゴールとして捉えるようになった。内容が不完全であっても、文字数がクオリティを補完することもあるのである。
次は、この文の羅列をひとつの「文章」という集合に見立てて、不自然がなくなるように推敲をする。
常に文字数とにらめっこをしながら、単語や文を入れ替えたり助詞を書き換えたりする*2。自動記述した後の推敲と似たようなものだ。
そうして、「月面のクリスマス」は完成した。
以上のように制作過程を振り返ってみたが、やはり一文ごとにかかる労力が桁違いであるのが、大きな難点であろう。ランダムに単語を抽出し、自動的に文章を生成するソフトは既に存在しているが、それを採用してしまうと“サイコロ”小説ではなくなってしまう。
また、36文字×36行原稿用紙では7以降の素数や27など、サイコロをいくら降っても出てこない値があることも検討せねばなるまい。18文字×18行18ページで三度振ったサイコロを足すなどしたほうが、確率の信憑性は高まるであろう。
また、カットアップの手法との差別化にも課題点を残している。複数のテクストからランダムに単語を抽出するだけでは、紙を切り取って再度テクストを生成するカットアップと、ほぼ変わらない。そのうえ効率の面では圧倒的にサイコロ小説のほうが分が悪いのだ。
冒頭では可能性の模索をと言ったが、現状では可能性もなにもあったものではない。他の実験小説との差別化や、その制作による結果を見出すためには、より多くのサンプルが必要である。
ただし、以上のような非常に効率の悪い制作方法を続けていては、結果を得たとしても、最終的に得られるものは少なくなってしまう。先に、いかにして「サイコロを振る」というコンセプトのまま制作を続けるか、充分に考えねばならないだろう。