地球少女探査録


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四‐存在しない果ての声へ

〇‐深い霧のなか(後)



プリイザヤ紀元二〇一三年 〇一一一度

 暗黒星雲のなかは、決して暗くはない。ただ、光を遮断しているだけだ。
 彼女はそのなかで、身を抱えて、絶望に沈んで。
 揺りかごのなかで、幾年にもわたって思考だけを繰り返していた。
 なぜ生物は進化してしまうの。このまま永遠に変わらなくていいのに。なぜ生物は生き残ろうとするの。生き残り続けたさきになにがあるというの。終わりしかないのに。なぜ。
 彼女の思いが、情報波として、星雲から漏れ出てゆく。
プリイザヤ紀元一〇〇年 〇〇一一度

 国際宇宙ステーションは大騒ぎになっていた。つい二ヶ月前に観測した未知の物質が、生命体から発せられたものであると判明したのだ。早急に特級宇宙飛行士のチームが組まれ、使節団として発信源へと向かうことが決まった。人類初めての発見――地球外生命体を観測したのだ。
 目標の座標が絞り込まれた。物質を辿る技術は、一〇〇年前に生命体探査事業を進めた功績で、完璧に整っていた。
「星雲……星雲だ! 宇宙人はこの座標の暗黒星雲のなかにいるぞ!」
 九十七歳となっても現役で長官をしている男が、張り裂けんばかりに叫んだ。幼いうちから雑用としてこの国際宇宙ステーションに勤め、宇宙事業に従事していた男は、感動に打ち震えながら部下に指示を出してゆく。
 彼はふと、八十三年前を思い出した。イオで事故に遭った彼女を思い浮かべたのだ。思えば、彼女がはじまりだった。生命体探査事業を始めてから十七年目、彼女はこの宇宙ステーションからガリレオ衛星へと飛び立っていった……。事故が起きたあとの、彼の悲しみは計り知れない。昇進し彼女が実は精巧なアンドロイドだと知ったあとでも、そのときの悲しみは根深く彼の心に残っている。
 そのつぼみが、いま、ついに花開くのだ。宇宙人との邂逅――。そうだ、アンドロイドのことなど考えている暇はない。これは人類の発展なのだ。彼は歳甲斐になく声を張り上げ、的確に指示を繰り出し、心を躍らせた。

 いま会いに行くよ。
四‐存在しない果ての声へ


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