●PG12

 この作品は流血などの残酷描写や、倫理に反する表現、意図的な誤謬表現などを含んでいます。


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ム(3)



「これは……どういうこと?」
 モニターから顔を上げて、彼女はそう言いました。それに合わせて、モニターから発せられていた光が途絶えます。あたりはそれよりも明るいので、暗くなることはありません。
「これがムだ。オレが説明したとおりだよ」
「でもこれ、普通の町じゃないの」
 男は彼女の視線の先で、椅子に腰掛けていました。しかし彼女の表情を窺って、すっくと立ち上がります。
「つまりだ。現実世界――オレや君が住んでいた世界――にいる人々が見た『夢』。それが具現化したと考えればいい。本当のところは『夢』という言葉は不釣合いなのだが、まあ細かいことはいいだろう」
 男は彼女の理解を伺うように、一旦話を切りました。彼女は今回は眉ひとつ動かさず、理解できているのかどうかよく分かりません。
「モニターに映った人たちは、現実世界にとっての、いわば『もうひとりの自分』だ。あのクセ毛の娘や、仮面の男は、現実世界の人間の影のようなものだということだ。現実世界が『意識の自分』だとしたら、ムの人間は『無意識の人間』ということになるだろう」
「あの、超能力のようなものは?」
 彼女は頷くよりも先に疑問を口にします。
「あれはつまり、『意識の自分』に脳障害などの異常が見られるときに起こる現象だろう。本来の人間ならいとも簡単に否定できてしまうものを、否定できずに受け入れてしまう。それによって、一見科学的に信じられないことを起こすことができる。精神疾患とも呼べる状態が、あのクセ毛娘の『意識側』にはあるのだろう」
「脳障害?」
「もう一度言うが、この世界ムは人々の『無意識』から成り立っている。そしてムで活動している人間は、オレや君のようなイレギュラーを除いては、人間それぞれの『無意識』によって存在している。『無意識』の現像なのだ。その現像に異常が見られるということはつまり、『無意識』、さらにいえば『意識』に欠陥があると考えて間違いではない。『意識』を作り上げるのは人間自身なのだから、その人間に異常があると考えて問題はないはずだ。そして『意識』を作る主要な器官といえば、脳にほかならない。そういうわけだから、ムに散見される能力者の正体は、脳障害者の『無意識』と考えて妥当なのだ」
 聞いているのか聞いていないのか、彼女は表情を作ろうとしません。彼の饒舌には、もう慣れてしまったようです。疑問を顔に出すこともせず、ただ理解しようともしません。
 男はその様子を見て、困ったような呆れたような顔をしました。目つきは未だ悪いものですが、彼女はその容姿にも慣れきったようです。
 彼女は男の視線にはだんまりを決め込んで、あたりの空間を今一度見渡しました。最初に彼女が訪れた部屋と同じく、四方も上下も白色です。窓はありません。扉は一応ありはしますが、事前知識がないと扉があるとは気付けないでしょう。
「外に出ても?」
 彼女は、男に顔を向けてそう言いました。男は彼女の発言を理解しかねたのか、腕を組んで眉を寄せます。
「外に出てみても、いい?」
「ああ、いいだろう。だがその前に、ひとつ、考えてほしい懸念がある」
 男はまた白い椅子に腰掛けます。腕は組んだままです。
「それは仕事?」
「ああ、仕事だ」
 白い空間に、陰が差すことはありません。光はあるのでもちろん、彼女やモニター台を基とした影はあるのですが、そういう意味でなく。
「最近、ムが少しおかしくてね」
「おかしい?」
 男の、高いというわけではない鼻に、影が伸びています。
「オレたち人類は、また新しい時代に入ろうとしているらしい」
 男は一旦それだけ言って、彼女の顔を窺いました。今度の彼女は、ちゃんと顔に疑問を浮かべています。それを見て得てしたのか、男は言葉を続けます。
「オレもつい最近、この施設に残された文献を読んで知ったのだが……、ムには『リセット』というものが、たびたび起こるらしい」
「リセット?」
「そうだ。つまり『再構築』だ」
 男は言って、また言葉を切ります。それは彼女の理解が、本当に必要だと暗に伝えていました。ムがどんなところなのかよりも、これから話す内容のほうが、彼にとっては重要なのかもしれません。
「時代は変わる。日本を引き合いに出すのなら、明治維新のときや、一九四五年の宣言がそうだ。中国を引き合いにするなら一九一一年、朝鮮なら一九五〇年、アメリカなら一七七六年の独立宣言があるだろう。そうやって、人類はそれぞれ密接に、時代を移り変えてきた」
 彼女は日本以外の例については、あまり記憶にないようで、彼のパッとしない例示に首を傾げます。それはともかくとしても、彼女は腑に落ちない様子です。
「でも、それとムになんの関係があるの?」とまた疑問を口にしました。


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