「熱っ!」
リンは熱したオレンジジュースの入ったカップをテーブルに置き、舌をどっかの年老いた犬のように出す。
――15時49分。
リンの馬鹿行為は無視して、時計に目を遣る。
まあ、まだそこまで忙しくはないか。
今に見てろよ――超有名になって睡眠時間とれねぇ、とかなってお前なんか家に入れてやらないからな。
そういえばこいつ初めて会ったとき僕のこと知ってたよな……。
超マイナー作家の僕のことを。それでも売れっ子だと自分を偽らないとやっていけなかった僕のことを。
案外本好きなのかもしれない。
「『智に働けば角がたつ、情に掉させば流される』」
「うん? 今度の小説のネタ?」
「知らないか……。んじゃあ、『我輩は猫である』」
「今度は何? 猫系書くの?」
知らんのか…この名作を……。
「『親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている』は、知らない?」
「あ、『坊ちゃん』だ」
「おお、そうそう。夏目漱石大先生の代表作だね。ちなみにさっきまでの全部夏目漱石様のだよ、有名な」
リン。
意味不である。
で。
展開というものはなかなか理想的に出来ているらしい。
バリーン、と――
ベランダのドア(窓なのかなぁ)が割れる。
その勢いと共に、人がひとり、現われる。
「ちょと匿ってもらうよ!」
そいつから男声が聞こえる。
そして――
バーン。
乾いた音。
それが銃声だと気づくには、なかなか時間がかかった。
また人がひとり、この部屋に飛び込んでくる。
「逃げられちゃいましたか」
そこから女声が響く。
そして。
こちらを向く。
ボブカットの黒髪。背丈は150くらい、泣いていたのか、目が赤い。どちらかというと童顔で、右手の拳銃が妙に合わない。
「私は山下久子」
彼女はそう名乗り、右手ではなく左手を差し出す。
握手のつもりらしい。
今回はさすがに右手左手言ってられないので、というか状況を判断できないので、僕も左手を差し出す。
みために関わらず、ずいぶんと彼女の握力は強かった。
「私は――殺害人」