3/4


トップページテンミリオン二次創作一覧


←前のページへ→次のページへ

*三


 さて、ということなので、筆者と青髪を除く三人は、公園へ行き彼女に接触しにいった。筆者と青髪はお留守番である。筆者はもともとインドア派で自分のやりたい研究ができればそれでよいと思っていたが、青髪は本来は外でリーダーやぼさぼさ髪とよく遊ぶ活発な奴だった。いや、こういうとまるでそれが幼少期のときに限った話になってしまいそうだが、そうではなく彼は魔王討伐を果たすその日まで、強くて、優しくて、賢い、リーダーよりもリーダーらしい存在だったのだ。筆者はそう記憶している。たが彼は、魔王直属の魔物とやり合うとき、右手の指を半分、失った。
 義指でもつければいいのに、と幾度か勧めてみたことはあったが、彼はいつもそれを拒んだ。もう戦う必要はないのだと、強がって。あんなに弓が大好きだったのに、彼は前線から退くと同時に、勝利を勝ち取ると同時に生きがいを見失っている、ように筆者には見える。
 待っている間することもないから、三人が帰ってくるまでに、料理でもこしらえようという意見が合致した。一緒にキッチンに立つ。彼は造作もなく野菜を洗いはじめる。
 こうしていると、なんだか親子みたいだ。どちらが親でどちらが子であるのかは、明言はしないが。
「ねえ、わたし、憧れてたんだよ」
 どうして時間が経つと、口をついて出てくるのだろう。
「なにに」
「きみに」
 旅の間中、次第に強くなってゆく彼への憧憬は、確かに心のアルバムにしまいこまれている。
 彼は笑った。つられて筆者も笑った。彼は涙を流していた。筆者はわからなくなった。
「人間は、それぞれ個人の主観を有している」
 彼が筆者の書く文章のようなことを真似て、そんなことを言う。いやそれは、いつか筆者が彼に聞かせた言葉だった。
「覚えてくれてたの」
「まあね」
 人間は主観というものを持っている限り認識を百パーセント共有することはできない。それはどの生物にもいえることだろう。ある事物があったとしてそれに対する評価は千差万別だ。そしてそのどれもが正しい。みんなちがって、みんないい。しかし今回に限っては、彼の認識は壊してやりたかった。筆者が彼のことを憧憬の目で認識しているのだ、彼が彼自身をいくら醜く見ていたとしてもそれは筆者には関係のないこと、いや、そういうことではなくて。
 それからなにかを話したわけでもなく、三人が帰ってくるのがどうも遅いから先に二人で食べることにした。なにを食べたのかも覚えていないくらいにそのときは時間が止まったように会話が続かなかった。ただ、筆者は塩を足して、彼は砂糖を足すような料理だったことだけは覚えている。いや、あるいはそれは筆者が都合よく叙述するための作り話だったのかもしれない。
 それからしばらくして、三人が帰ってきた。三人とも怪我はなかった。いや実際のところは、ぼさぼさ頭が髪の毛をなくしてしまうような事態にはなったようだが(これを鬼嫁が見たらどうなるのだろう)、聖職者曰く、ぼさぼさ髪に飛びかかってもらって、その様子を見のがさないように後ろで兄妹で見ていたらしい。なんとも人使いの荒い兄妹だ。それに今更だが不審人物の彼女の人権が蔑ろにされている。
 しかし収穫はあったらしい。彼女がどのように姿を消していたのか、わかったというのだ。
「ああ、確かにこの目で見たぜ」
 そう得意げに言うのは良いが、実際に頑張ったのはぼさぼさ頭である。
「あの女は、地面に吸い込まれていったんだ」
「地面に吸い込まれる?」
「いや、なんていうかな。体が水に変わって、一気に地面に落下して見えなくなったんだよ」
 体を水に変容させた?
 そんな技術、聞いたことがない。
「でもあれだな」
 ぼさぼさ頭がもうぼさぼさでもふさふさでもない頭を撫でて言う。
「あの女ってスライムみたいだよな。触った感じ。この痛みスライムと同じだよ」
 スライム……。言われてみれば確かに、そうだ。旅のとき幾度も幾度もスライムの体液で怪我を負ってきた。あのとき感じた懐かしい感じは、これだったのか。
 でも、スライムがどう関係してくる? あの女がスライムを飼っているのか? いや、それだと姿を消した説明にはならない。
「あっそうか。え、でも?」
 筆者の突然のひらめきは、しかし突飛なものだった。
「どうしたの」
 青髪が訊いてくるが、筆者はすぐにそれを打ち消す。
「ごめん今のなし。ありえないこと考えちゃって。恥ずかしいから聞かないで」
 もっと恥ずかしいことはさっきキッチンで言ったというのに。
「人間は主観を持っているんじゃなかったの。きみがありえないと思っても、ぼくたちはそうは思わないかもしれない」
「でも」
 でも、なんだろう。筆者は俯いた。俯きながら、自分の手の指の数を数える。筆者は語ることを決めた。
「もしかしてさ、あの不審人物ってスライムが人間に化けているんじゃないかな、って」
 筆者のそのひらめきに、聖職者は露骨に眉をしかめた。
 でも、口に出すと、なんだかそんな気もしてくる。筆者は青髪の顔を覗き込んだ。
 彼は笑っていた。
←前のページへ→次のページへ

トップページテンミリオン二次創作一覧