(いつの間に……さっきまでなかったのに……)
彼女は、恐る恐る小屋の戸に触れた。幻覚ではない。確かに存在している。
鏡かなにかを使って、見えないように仕掛けがしてあったのだろうか。彼女は思索をめぐらせるが、納得のいく答えは出てこない。そのまま、触れている戸を、横に引いた――。
伏せる。刃物が頭上をかすめた。横に転がって次に飛んできた刃物を避ける。戸の奥から刃物が飛んできている。トラップだったのか。彼女は防護魔法陣を敷いた。刃物は陣内に入ってこれない。空中で見えない板に刺さったようにとまり、そして地面に落ちてゆく。ひとまず危険は去ったようだ――と思うやいなや、背後にあの寒い感覚。
咄嗟に振り返った。目の前に刃物。大きな刃物。魔法陣の領域を侵して。力業だ。
影がある。刃物は長い。木の柄があって。持っている人。男。短い髪。の。
刺される。
(殺される)
毛。
*
目覚めるとそこは草原だった。背の低い草が鼻をくすぐる。上半身を持ち上げて、周りを窺う。不規則に並ぶ草が、一面に広がっている。彼女は手をついて、腰を持ち上げた。足元がふらつく。思っていたよりも長い間、眠っていたのかもしれない。
ここはどこだろう。
彼女は空を仰いだ。雲ひとつなければ、太陽がどこにあるのかも分からな――。
「やあ。はじめまして」
男がいた。太陽は見つからないが、空には男がいた。羽が生えているわけでも、なにか乗り物に乗っているわけでもなかった。ただ、空に、存在している。
「だ、だれ」
つい言葉が出た。予想外にはっきりと発音された自分の声に、彼女は驚く。
「うーん。難しい質問だな……。問われるほどのものでもないよ」
男は質問をはぐらかす。空中であぐらをかいていた。
「でもね、きみの名前なら簡単だよ。おれは知っている。――ね、マゼンダ」